川村元気の最新作「私の馬」は、言葉を超えたコミュニケーションと深い心理描写を特徴とする作品です。早速読了しましたのでレビュー記事を残します。
(新潮社の公式HPはこちら)
〈発売の導入部分〉
「ストラーダ、一緒に逃げよう」。共に駆けるだけで、目と目を合わせるだけで、私たちはわかり合える。造船所で働く事務員、瀬戸口優子は一頭の元競走馬と運命の出会いを果たす。情熱も金も、持てるすべてを「彼」に注ぎ込んだ優子が行きついた奈落とは? 言葉があふれる世界で、言葉のない愛を生きる。
ストラーダというのは、今回の主人公が出会った馬の名前です。もともと競走馬として育てられており、”グランデストラーダ”という馬名でした。競走馬を引退しても同じ名前で呼ばれていましたが、後に”ストラーダ”(=イタリア語で「道」)と名前が変わります。
〈主要登場人物〉
・瀬戸口優子:主人公。短大卒業後地元の造船工場勤務18年。独身。
・麦倉:ストラーダが所属することとなった乗馬クラブの代表者。もともとは乗馬の一流選手だった。
・丑尾:優子の同僚。
・宇佐野美羽:優子の務める工場の後輩。部長と男女の関係がある。
・御子柴淳子:背景は不明だが資金に余裕のある有閑マダム。ストラーダを買おうとしたが、ギリギリのところで優子が先に買った。
〈あらすじ〉
特に刺激の無い毎日を過ごしていた瀬戸口優子は、ある日乗馬クラブに搬送される美しい黒い馬:ストラーダをたまたま目撃する。その瞬間、心が通じたように感じた。後日搬送先である麦倉乗馬クラブを訪れ、ストラーダに騎乗すると心と体が一つになり、いてもたってもいられないような感情に支配される。
麦倉乗馬クラブには御子柴淳子というお金持ちが馬を既に2頭所有しており、ストラーダにも関心を持っていることが分かる。御子柴にストラーダが買われてしまえば、優子はもうストラーダに触れることはできない。麦倉が提示した費用は450万円+毎月の飼育料20万円。造船工場の事務員には到底用意できる費用ではない。ただし優子には裏の手が無いわけでは無かった・・・。
優子は労働組合の金庫番という立場でもあったため、帳簿操作を行えば資金を捻出することが出来る立場であった(もちろん横領で犯罪である)。優子は「今回だけ。すぐに返せば何も問題ない」と無理矢理自分を納得させ、その資金でストラーダを購入するのだった。
購入してからは(というより、冒頭に国道で出会ったときから)ストラーダにかなり入れ込み、恋人かそれ以上の思いを寄せていた。馬とはもちろん会話はできないが、心が通じ合った二人はそれで十分だった(少なくとも優子はそう思い込んでいた)。そこからは歯止めがきかなくなっていった。
他の馬主が所有する馬と並んだ際に、ストラーダ本人の馬体は最高に美しいが装着する道具がみすぼらしいと感じた優子は、ストラーダに装着する馬具、騎乗の際自分が身につける服飾品、プラベートな鞄など、かなりの高級品を揃え始め、そのたびに組合の資金を横領し続けるのであった。
横領を続けるなか、同僚の丑尾にバレるが身体を許すことで切り抜けたり、後輩の宇佐野美羽も組合の資金管理に関与しそうになった際は美羽と部長の不倫現場を押さえた動画で切り抜けるなど、泥沼化していく。
大きな大会に出場した際、麦倉からは「今回はコンディションが悪い。やめておけ」と忠告をされるも、優子は「競走馬として輝けなかったストラーダを馬術の世界で輝かせたい」と忠告を押し切り出場。しかしアクシデントでストラーダは大けがを負うのだった・・・。
横領は1億を超え、いよいよ隠しきれなくなると優子は観念する。しかし逮捕直前に態度を翻し、ストラーダをつれて北海道へ逃亡し二人で余生を送るため、愛用の古びたスクーターで麦倉乗馬クラブへ逃げ込む。優子は横領した金で買った鞄の中に、逃亡用の現金を数百万円隠していたのだ。しかし、ストラーダの馬房でその目に飛び込んで来たのは、鞄の中身(=現金)をストラーダが食べ尽くしているところだった。
ストラーダに縋り付く優子は、後ろ足で蹴っ飛ばされて怪我をする。「なぜ?私とあなたは特別な関係でしょ?」と混乱する優子に向けられていたのはストラーダの美しい、清々しいほどの馬の目だった・・・・。サイレンの音が近づいてくる・・・。
〈感想・読後感〉
優子はきっと異性に対する恋から遠ざかっており、ストラーダと運命的な出会いを果たした瞬間から恋に落ちたのでしょう。相手と言葉を交わすことは出来ませんが、触れて見つめ合えば互いの全てが分かる そんな状態でした。古来より人間と馬は友達だったと考える管理人は、心理描写に共感できました。
途中、ストラーダを買い争った御子柴が、売れないホスト風の男の世話をしているシーンがありますが、優子との対比になっていた気がします。
横領の行き着く先は破滅ですが、それが分かっていながら言葉を交わすことも出来ない相手に貢ぎ続ける女性の痛々しいまでの愛情と渇望は、読んでいて苦しくなるほどでした。それでも本人は幸せそうなので、恋は盲目というかなんというか・・・。失礼ですが、ホストに入れ込む女性と近い心理状態なのかなぁと想像していました。
物言わぬ動物と心を通わせた人間の美しい、でも終わりが見えている関係。そして最後には計画が破綻しストラーダも「清々しいほど馬」として優子を見つめ物語が終わる。
読後には喪失感と悲しさ、一気に現実に引き戻される感覚が強かったです。
〈疑問?〉
最終局面で会社から麦倉乗馬クラブに逃げ込む際の描写で、「ストラーダにまたがり」乗馬クラブにたどり着いた というシーンがあるのですが、実際には愛用の「古びた原付」で向かっているはずです。優子が乗った「古びた原付」をストラーダと描写するのは、関係が破綻寸前だったことを暗示するものだったのでしょうか?どうなんだろう・・・。
〈映画化は?〉
現時点で映画化の予定は無いようですが、川村元気さんの作品はこれまで映画化された実績があるため、本作も売れ行き次第では映画化の目があるのでは無いかと思います。期待しましょう!!
最後までご覧いただきありがとうございました。ではまた。